はじまり物語

鈴木自工

はじまり物語

昭和39年、25歳の若者がたったひとりで、江東区の砂町の地に37坪の町工場をスタートしたのが、
すべてのはじまりでした。社員が一人、二人、店舗も1つ2つとふえて現在の鈴木自工になりました。
そんな一言では語りつくせない、弊社の歴史を代表取締役鈴木貞夫が語った言葉を
「鈴木自工はじまり物語」として掲載させていただきました。

第一話「ひとりからの出発」

(1)当社が創業したのは昭和39年。

私が25歳のときでした。江東区の砂町の地に37坪の町工場としてのスタートでした。 19歳で栃木県鹿沼から上京し、深川の整備工場で修行を積んだのち念願の独立でしたが、何しろ私一人だけからのスタートです。 毎日シャッターを開けるたびに「お客様が来てくれるだろうか」と考えていました。 とにかく必死でした。 当時は東京オリンピックで好景気だったとはいえ、黙っていてはお客様は増えません。

(2)そこで当時、ほとんどの整備工場が夕方6時に閉店というのが多い中、当社は夜の11時、12時まで店を開けることにしました。

きっかけはあるお客様の声です。
当時は運送会社をはじめとする法人のお客様が多かったわけですが、昼間は仕事で車を使っているので修理などは出来れば夜に出して、翌日使えるようになれば助かるという声を頂いたのです。
自分の都合ではなく、お客様の都合を考えれば夜遅くまで店を開けるのは当然でした。こうして1件、1件お客様が増えていきました。

(3)夜遅くまで店を開け続けるなどして顧客が増えていきましたが、当時(昭和40年)は倒産も多く、仕事はしたけれども代金がもらえないということもあり、仕事が増えている割には楽ではありませんでした。

創業から5年がたち、従業員も8名くらいになり、37坪の工場ではさすがに狭くなってきました。
そこの場所ではそれ以上拡張するのは無理でしたのでもっと広い工場用地を探すことにしました。

そして昭和45年・・・(つづく)

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